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父のこと

今週のお題「おとうさん」

 

私はこのブログで母の事ばかり書いているのかと思ったら、意外と父についても書いていた。

 

 

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だから今更、という訳でもなく、父の事ならいくらでも書ける。父が亡くなってから書こうと思っていた事も、書きたくなったら書くつもりでいる。

(それを誰も読みたくないのは解っている)

 

父が地元の場外馬券売り場で転んで大怪我をしてから、もうすぐ1年になる。

9月に帰省した時、父は気持ちが弱りきって、遺言のような言葉を口にしていた。何も食べたくないと言って食事を拒否した。

父はこのまま死んでしまうのかな…とぼんやり考えていた。それを悲しいと思えない自分が悲しかった。

その後、人工関節を入れる手術をして車椅子生活になったが、少しずつ元気を取り戻していった。

私は、もし父がこの入院中も家にいる時と同じ状態ならば、精神科医に診せて精神病棟に入院させてもらおうと姉に持ちかけた。しかし、姉は難色を示した。

姉妹なのに、姉は老いた父に優しい。

制度上あちこちの病院や施設を転々とさせられて、その度に駆り出される姉夫婦と老いた母の話を聞けば、全くこの国の制度はどうなっているのかと思う。

自分は長生きしないで子供に迷惑をかけないようにしたいが、こればかりはどうなるか解らない。

父は病院や施設ではなく、自宅に帰りたいと強く望んでいる。

車椅子を自在に動かしたり、時には自分で立って見せたりして周囲に元気をアピールしているのだと言う。

でも、実家には高齢の母しかいない。小柄で骨粗鬆症の母ひとりでは、父の介助が出来ない。

以前、半身不随の父が浴槽から自力で出られなくなり、母の力ではどうにもならなくて救急車を呼んだ事があるらしい。家は古く、段差が多い。どこかの施設で暮らした方が安全で快適なのに、それでも家に帰りたいと言うのだった。

父がまた元気になるのは結構な事だ。けれども昨年末から病人の私は、親より先に自分が逝きそうだなあと思う。

それはどうにもならない事だから、案じてみても仕方がないのだけれど。

父の日が近くなった頃、私は姉に父の近況を聞いてみた。相変わらず元気という返事かと思ったら、様子が違っていた。

このところ親戚や古い知人の訃報が相次いで、父はまた気弱になり泣いてばかりいると言う。更に痴呆も進行し、言動がおかしくなっている。

それらのエピソードを聞いても私は、ふうん…でもまあ年だからね。仕方ないよねと、冷たく言い放っていた。しかし

「母(かが)さまは、なぁどすったぁや(どうしているのか)?

タンポポは、なぁどすったぁや?」

と、涙をこぼしながら繰り返しているのだと聞いて、私はとても驚いた。

 

 

昔から私が父を悪く言う度に、他人には「子供を思わない親はいないよ」と、きつく窘められてきた。それでも「普通の親ならね。うちの父は普通ではないから」と言い返してきた。

あの父は今頃になって、この期に及んで、人並みに親らしい言葉を口にするのかと衝撃であった。

だからといって私の人生に暗い影を落としてきた父を、許す気持ちにはとてもなれない。

 

タンポポは、なぁどすったぁや?

タンポポは、なぁどすったぁや?

 

どんな声で、どんな風に話すのかイメージ出来ないのに、言葉だけがずっと頭の中をリフレインしている。

 

父の日に、娘は夫と私を外食に招待してくれたけれど、私は父に、何もしていない。