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白い巨塔に彷徨う病む人の戯れ言

今日の通院は内科の定期的なもので、尿と血液を採って調べている間に昼食を食べ、その後に診察、3ヵ月分の薬をもらって帰る日だった。今思えば、単なる私のミスだ。いつも通り先に採血をして、それから採尿していれば、こんな騒ぎにはならなかった。検査室の受付で「採尿を先にしたい」と言うと紙コップが渡された。焦点の合わない目で辺りを見回すと、お馴染みのお手洗いマークが目に飛び込んできた。私は疑いもせずにそちらへ向かった。採尿できたのはいいが、紙コップを置く場所がなかった。いつもは個室の中に小窓があって、そこに出せばよいのだった。こんなものを持って歩くの恥ずかしいと思いながら、仕方なく尿の入ったコップを持って受付に行き、どこに置けばよいのかと小声で聞いた。すると、個室の中に小窓があるからそこを開けて出すのだと言われた。その小窓がないから聞いているのだ。結局、私が検査室の中ではない近くのお手洗いに入ったのが間違いだった。ただそれだけの事で受付の人は苛立ち、険のある言い方で私を責めた。検査室の外のトイレを使ったなら、コップ置き場所がないのは当然でしょう。この人バカじゃないの?この忙しいのに面倒くさい人。そうは言われていないけれど、私にははっきりとそう聞こえた。実際に言われていないものを言われたように思うのは、頭がおかしいからだ。言われていないのに傷つき腹をたてるなんてどうかしている。それにしても、ここは病院で誰もがどこか具合が悪く不安を抱えて来ているのに、スタッフが患者にそんな言い方はないだろう。私はかなり苛ついて大声を出した。

 

私の目、いま見えないの!仕方ないでしょう?回りがよく見えないんだから!

 

受付の人はハッとして怯み、さっきまでと違う口調で何かを言った。見えないけれど、周囲にいる大勢の視線を感じていた。採血は席に座って自分の番号が電光掲示板に表示されるのを待つ。30人分ほど表示された番号の中に私の番号はまだない。更にイライラする。私が紙コップを受け取って検査室に入らず別の方向に向かった時、どうして教えてくれなかったのか?いや、人のせいにするのは間違っている。ある日突然瞼が開かなくなり、ネットのし過ぎだろうと思ったら視界が狭まり視力も落ちてこれは放っておけないと近所の眼科に駆け込み、大学病院の眼科から脳外科、更に神経内科に回されてある難病の可能性が高いと言われている。その病名は、最初にかかった眼科でも言われた。眼科医師は動揺しながらすぐに大学病院へと言って紹介状を書き、診察の予約までしてくれた。私はその病気をネットで調べて怖くなったけれども半分は他人事のようでもあった。同じ病気の人には本当に失礼であるが、なってしまったものは仕方がないと思った。遺伝性はないらしいから、親を責める必要もなく子を不安にさせる事もない。私の生活習慣が悪い訳でも、前世の行いのせいでもない。仕方ないのだ。それに、はっきり言って私はもう死んでもいいと思っている。私が死ねば悲しむ人も困る人もいてそれには申し訳なく思うけれども仕方がない。人は誰でもいつか死ぬのだ。ややこしそうな病気にはなったけれども明日事故に遭うかも知れないのは私も健康な人も同じくらい明日の事は解らない。死ぬのは怖くないと言いながら、さっきの私の態度は何だろう?私は病気や障害をまるで何かの権利を手にしたかのように声高に叫ぶ人が大嫌いだ。なのに、私のした事はそれと何ら変わらない。私は病気だ。しかも難病だ。だから周りは私に気を遣え。優しくしろ。いたわれ。親切にしろ。私を苛立たせるな。大事にしろ。何なら私を愛してくれ?

馬鹿かと。

発病してたった2週間でもうこれである。私は病気になったけれど最後までプライドを持って生きていく。対症療法の薬が効いて月が見えた時、本当に嬉しかった。二重にぼやけていたお月さまがひとつに見える、たったそれだけの事が幸せなのだと気付いたから良かった。