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義母のこと

命日が近いせいか、義母の事をつい考えてしまう。

今まで自分の家庭環境への恨み辛みばかり書いてきたが、夫の家庭環境もなかなかのものであった。

不和な家庭の男を徹底して避けてきた。ごく普通の家で育った人と結婚したかった。

そうして選んだはずなのに、中に入ってみればいろいろあった。

普通の家など、何処にもないのかも知れない。

夫の実家は最早複雑に絡みすぎて、書けばさぞかし面白い読み物になりそうだと思う。

「複雑にしたのは、お前だ」と、義父は私に言いたいはずだ。

私のせい。勝手にそう思っていればいい。

確かにあの家が壊れていったのは、私が嫁いだ後である。でもそれは、元々潜んでいたものが表面化しただけだ。

私が嫁いだ翌々年の冬、義母がくも膜下出血で亡くなった。52歳だった。

結婚当初から長男夫婦の私達は不仲で、義母はそれを気に病んでいた。

夫の故郷に駆け付け義母と対面した時、義母の姉である伯母が

「こうなった(義母が死んだ)のは、タンポポちゃんのせいではないからね」と、私に言った。

義母からいろいろ聞いて知っているのだな…と思い俯いた。

伯母は義弟にも「こうなったのは、○○君のせいではないからね」と言った。

当時、義弟は大学卒業の直前であったが、少し内気な性格のせいか、まだ就職先が決まっていなかった。

義母が義弟を心配していたのは、間違いないだろう。

義弟は、義母にすがりついて謝りながら大泣きした。

義母の棺は祖父母宅の仏間にあり、義弟は棺から片時も離れようとしなかった。

一晩じゅう義母に何か話しかけたり、すすり泣いたりするものだから気になって眠れないと、祖母が私に耳打ちした。

義母は、この家の養女であった。

子供のいない祖父母は、祖母の弟夫婦の子つまり姪を養女にした。

先に書いた伯母と義母の二人姉妹の、どちらかを貰う事になり、姉は幼少からの喘息持ちであったから妹の方にしたのだった。

身体が丈夫だと思われた義母は、大人になってから心臓病になり入退院を繰り返した。その挙句、自分達の面倒も見ずに早死にしてしまったと、祖父母は嘆いた。

義母は生前、たった一度だけ私に言った。「祖母が嫌いだ」と。

「どうして姉ではなく、自分が養女になったのか。養女になんかなりたくなかった。私は、自分の運命を何度も恨んだ」と言った。

義母を長年ストレスに晒し、苦しめたのは何だったのだろう。

厳格な祖父母と義父の折り合いは悪く、義母はその間に立ってかなりの苦労を重ねてきた。

祖父母は、初孫で長男の夫だけを溺愛し、次男の義弟を露骨に差別したという。
それがあまりにも不憫だったので、義父母は義弟をなるべく可愛いがるようにして、それが夫のひがみの種となった。
 

祖父母が義父と養子縁組をしたのは、義母が亡くなる少し前だったらしい。

これで義母が亡くなっても、義父や夫、義弟が放り出される事はないはずだったが、伯母やその他の親族が束になって義父の追い出しにかかった。

義母に続き義母の実母が亡くなり、相次いで祖父も亡くなって、祖母は私達にこんな提案をしてきた。

義父との養子縁組は解除する。代わりに夫と養子縁組を結び、一切の財産を任せる代わりに義父とは絶縁して欲しいと。

夫は義父に反発ばかりしてきたから、その提案を受け入れようとしていた。私は悩み、母に相談をした。

母の返事は、こうだった。

「お祖母さんは、あと少ししたら(この世から)いなくなる。その後のお義父さんとの関係はずっと長く続くのだから、お義父さんの側に付きなさい。血の繋がった父親と縁を切るなんて事は、絶対にしてはいけない」

確かにそうだと、私は夫の養子縁組に反対をした。

祖父母は義父の事が気に入らなかったかも知れないが、祖父母によく仕えていたと思う。そして義父は、社会的にも立派な職業の人であった。それでも悪口を言い、30年以上も義理の親子であったのに放り出そうとするのだから、至らぬ私など1か月も経たずに追い出されてしまうだろう。

義父を庇って何とか関係を修復させようとする私に

「実は、あなた達のお父さんは女の噂が絶えなくてね。妹は亡くなる直前まで辛い思いをしていたの」と伯母が言った。

そんな話は、義母から一度も聞いた事がなかった。

嫁の耳には入れたくなかったのだろうか。それとも、伯母の妄言か策略か。

他にもいろいろな人達の思惑が働いて結局、祖母と義父、夫、義弟の関係は絶たれた。

結果的に養子縁組を解除された義父は、自分への疑惑を全くの事実無根だとし、私達夫婦が上手く立ち回らなかったせいだと事ある毎に言って喧嘩になった。

 

祖母が私達の代わりに頼ろうとした伯母も、間もなく癌で亡くなった。

祖母がどのようにしてこの世を去ったのか、私達は知らない。

あれから長い長い歳月が過ぎた。

多くの人が既に亡くなり、あるいはもう消息が知れなくなった。

義父も認知症を発症して入院している。当時の事は、もう忘れただろうか。

全部忘れてしまえばいい。祖父母を憎んだ事も、私の事も。人を恨んだ記憶だけ残して生きるより、忘れてくれた方がいい。

そして、祖父母から受けた愛情がアイデンティティだった夫は、それを失って関係が壊れた義父と死ぬまで会わないつもりでいる。

私は義父が、実の父よりも好きだった。

でも私に出来る事はもう、何ひとつない。

 

 

今はこんな有り様なのです。ごめんなさい。お義母さん…