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大晦日の思い出と、2018年の抱負

 

高3の時、巫女のアルバイトをした事がある。

別の高校に通う中学の同級生から突然電話があり「明日の大晦日に八幡様で巫女をやらないか」と誘われた。既に3人が決まっていて、あとひとり誰かを探していると言う。

私は二つ返事で「やる」と言った。

母に話すととても驚いて「寒くて風邪をひくのでは」と心配したが、もう返事をしてしまったのでホカロンをたくさん持たせてくれた。

白と朱の巫女装束に着替えた私達は、お互いの姿を見てはしゃいだ。

でも、授与所に座ってみると、カイロを貼っていても恐ろしいほど寒かった。

粉雪が舞い落ちる中、白い息を吐きながらかじかむ手でお札やお守りを授けた。

市内の全ての人がお参りするのかと思うほど、参拝客の列は朝まで続いた。白白と夜が明ける頃には寒さと疲れの限界だった。

ようやく仕事が終わり、朝御飯を食べて帰るよう言われた。

ちゃぶ台にご飯と味噌汁と質素なおかずが用意されていた。友人は「このお味噌汁、すごく美味しい」と満面の笑顔で啜っていた。

それなのに私は、出された食事が美味しいと思えず残してしまった。おかずは野菜ばかりだったし、味噌汁には根菜と煮干しが丸ごと入っていた。

家に帰ってから母に「朝御飯をいただいたけれど、美味しくなかった」と話したのを覚えている。

私達は大晦日だけでなく、元日にも巫女をさせてもらえた。気分が高揚してあまり眠れないまま、夕方に再び肌着を着込んで臨んだのだが、それが終わるとやはり熱を出してしまった。

でも後悔していないし、貴重な経験だったと思う。

 

その3か月後、私は上京して働くのだが、辛い時にはこの2日間を思い出していた。

どんな事が起きても、これくらいまだ限界じゃないと自分に言い聞かせた。

それにしても私の偏食はこの先ずっと、どこへ行っても自分が困るばかりだった。

 

 

 

 

 

昨日の大晦日の夜、娘も夫も出かけてしまいひとりで夜更かししていたら、遠い昔を思い出した。

手元にある4人の巫女の写真は、もうすっかり色褪せている。


今年の抱負は「とにかく生きる」こと。

年末に病を発症した私は、今後の人生を病と共に生きるしかない。

幼少期から成長期にかけてひどい偏食をしていなければ、こんな難儀な病気にはならなかったのかも知れないが、今更どうしようもない。

よい事も悪い事も生きていればこそだから、それを歌にして生きようと思う。

 

 

 

 

今週のお題「2018年の抱負」