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誰のために詠むのか


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11月 28日の毎日新聞に「誰のために詠むのか」というタイトルで、松村正直氏の月評が掲載された。

これを読んだ私の感想は、単純明快だった。

言うまでもなく、私は自分のために詠んでいる、

その歌が誰にも見向きもされない、ただの31文字の羅列に過ぎないのか、それとも何かしら響くものがあるのか知りたいという理由で投稿する。

投稿先に新聞を選ぶのは、母のためだ。

新聞に私の歌が載るのを見れば喜ぶし、活字に目を通す事で少しでも頭を活性化させて欲しい。

けれども、毎日新聞に3度目の掲載歌を読んだ母が

「こないだのおめさんの歌、あれはどういう意味だや?わがんながった。おれは呆けたんだべか?」

と言ってきた時、返す言葉が見つからなかった。

私は解釈に困るような歌は詠まない(詠めない)。

読んでもらった通りの意味しかない。返事に困っていると、母の方から

「いい、いい。今度Tさんが家さ来っから、Tさんに読んでもらって意味を聞くから」と、その話は終わった。

 

人が死ぬ報道に慣れ生きている慣れねば生きてゆけぬ気がして

2017年6月 毎日歌壇 伊藤一彦・選

 

そう遠くない先に、母はこの世からいなくなる。

母が死んだら、新聞への投稿はやめると思う。

 

私はつい最近まで、自分の人生が本当に糞みたいだと思っていた。

けれども今年、たて続けに身近な人達の人生が激変するのを目の当たりにし、人生なんて解ったような気がしていたが最後の最後まで解らないものだと知った。

 

とは言え私は所詮、そこらへんにある雑草の一粒の種だから、大輪のひまわりにはなれない。

なれないけれど、雑草の一生にだってきらりと光る雫がある。

その雫を掬いとるようにして私は、私のために私の歌を詠む。