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いつかはいなくなる、親のこと②

実家に向かった姉とは、なかなか連絡がつかなかった。

姉の家から実家までは、車を飛ばしても2時間以上かかる。

運転中か病院にいるのかも解らないので、こちらからは電話もかけられない。

慌てても仕方がない。どのみち明日の昼には帰れるのだからと自分に言い聞かせ、ひたすら連絡を待っていた。

姉から電話がかかって来たのは、夜になってからだった。姉は、実家ではなく再び2時間かけて自宅に戻っていた。

この日の朝、母が起きようとしても背中が激しい痛みで起き上がる事が出来ず、そのまま10時近くまでベッドに横たわっていたらしい。

そこに姉から電話がかかってきた。這うようにして階段を下りやっと電話に出た。その事を姉に話すと「すぐに病院へ行くように」と言われたが、タクシーで行こうにも立ち歩けないので自分で救急車を呼んだのだった。

病院ではいろいろな検査をして、その結果次第で入院になるという。背中の痛みは加齢による背骨の圧迫骨折で、コルセットをする以外どうしようもない。骨粗鬆症と貧血が酷く、体重が32kgしかない。

体重を聞いて、私は絶句した。

母は元々少食で小柄で、あまりものを食べない。昨年も、一昨年も帰省して一緒に食事をする度に「こんなに食べないでよく生きていられるものだ」と呆れた。母の食べられそうなもの、身体によさそうなものをすすめても、やっとひと口箸をつけるだけだった。茶碗蒸しだけは好きで、いつも食べていた。

 

 

翌朝、私は予定通りに家を出て新幹線に乗った。

車内から友人にLINEして、簡単に事情を説明した。お昼に駅に着くので迎えに来てもらい一緒にランチをする予定だったが、昼と夜、母に何か食べさせてから会う事にした。

帰省の最終日に盛岡で会う約束をしていた友人にもキャンセルを伝えた。状況次第では帰省が長引くかもしれないので、ドタキャンするよりはまたの機会にした方がいいと思った。

そんなLINEのやり取りをしているうちに、新幹線は盛岡駅に着いた。ダッシュで乗り換えをして、予定よりも早く地元駅に着いた。駅から実家は近いのだが、タクシーに乗った。

 

家に入ろうとすると、母が玄関の近くの椅子に座ってうたた寝をしているのがガラス越しに見えた。

電話機が玄関にあるので、すぐに出られるよういつもそこに座っているのだと思う。

玄関の下駄箱の上には、花が生けてあった。ピンク色のカーネーションだった。

母は花が大好きなのだが、花を飾ると父に「こんな無駄なものを」と叱られていた。その度に私は(父のギャンブルが何よりも無駄なのだ)と思っていた。父が不在だと母は、生け花も自由に出来るのだ。

あら、綺麗だことと思いながら、私は母にそれを伝えなかった。家の中に入ってみたら、部屋がとても汚れていたからだ。

今までならば「もっと掃除をしておいてよ」と文句を言ったが、こんな体の母には言う事が出来ない。目も悪くて汚れが見えないのだろうし、私自身も年をとったから掃除がどんなに体に堪えるかを知っている。

「朝ごはんを食べたの?お昼は?薬をちゃんと飲んだ?」

「朝は食べた。薬も飲んだ。お昼は、まだ腹が減らない」

私は朝から何も食べていなかったので、お腹がすいていた。

娘がお土産にと持たせてくれた、栗のパウンドケーキを見せて

「これ、持って行ったらお父さん食べるかな?」と聞いてみた。

「かんねぇ、かんねぇ(食べない)」と母が言った。

父は変な拘りが強くパンならこれ牛乳はこれと、同じものしか受け付けない。前の晩に娘が「おじいさんへ」と、このケーキを出してきた時

「せっかく買って来てくれたのに悪いんだけど、あの人は絶対に食べないと思うからこれはうちで食べようね」と言うと、娘は酷く腹を立てて部屋に閉じこもった。

私は、せっかくの好意を無下にして悪かったとひと晩反省して謝り、ケーキを持っていく事にした。

私は娘を父に会わせないようにして育てた。だから娘は「祖父が入院したと聞いても特別何も感じない」と言っていた。

私はそれで構わなかった。父は、私と同様に娘に対しても愛情がないのだから。

私が父に傷つけられてきたように、娘が父から理不尽な仕打ちを受けるのだけは許せなかった。

でも娘は娘なりに考えて、父へのお土産を用意してくれたのだろう。それは小さなケーキだけれど、小布施の高価なお菓子だった。

「少し切って持って行けば?孫からだと聞けば、食べるかも知れない」

そう言われて、ケーキを小さく切ってラップに包んだ。私も一切れ食べた。大粒の栗がほくほくとして甘く、美味しかった。小皿に乗せて母にもすすめたが、母はお腹がすいたら食べると言って、小皿をテーブルの隅に置いた。

 

私はまず、父の入院する病院へ行く事にした。病院行きのバスの時刻表は、駅に着いた時に写メっておいた。病院に行き、帰ってきたらどこかで母にお昼を食べさせよう。

そう伝えると「バスでははでがねえ(ノロノロしている)から、タクシーで行ってくればいい」と言う。タクシーだと往復で三千円以上かかる。お金が勿体ないが時間も勿体ないので言うとおりにした。

電話をするとタクシーはすぐに来た。

「顔だけ見たらすぐに帰るから、出かける支度をしておいてね」と言って、タクシーに乗り込んだ。