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いつかはいなくなる、親のこと①

9月の3連休に、岩手に帰省した。

東日本大震災以来、年に一度の帰省を自分に課しているが、私の本心は帰りたくないらしい。去年は帰省の前日に胃けいれんを起こしたし、今年も出発日が近づくにつれて身体のあちこちが痛み出した。

 

父に会いたくない。

 

帰省する日の一か月前。指定席券を買いに行く予定だったその前日に弟からLINEが来た。

「父が入院した」と。

 

場外馬券発売場で転び、立てなくなって救急車で運ばれたのだった。

 

父は昔、まだ40代の若さで脳溢血に倒れ半身不随となった。それでも数年間のリハビリを経て足を引きずりながらも歩き、車を運転出来るまでになって競馬場通いをやめなかった。

母が商売で得た財産が、全て競馬に消えた。

ずさんな金銭管理に姉夫婦が怒り、二度と競馬はしないと誓わせて競馬関連のものを全て捨てさせた。なのに、すぐ元の木阿弥になった。

 

場外で転んで運ばれただなんて、何てみっともない。何てあの人らしいんだろう。

ギャンブル依存症なのだから、死ぬまで競馬はやめないだろうと思っていた。

これで死んでも本望であろうし、助かったとしても二度と馬券を買いに行く事は出来ないだろう。

だから弟からの報せを受けても、ああ大変どうしよう…等と心配する気持ちが微塵もなく、当然の報いだと思うだけだった。

 

 

父は股関節を骨折し人工関節を入れる手術をする事になった。それを聞いて私はますます気が滅入った。

あの父の事だから、手術したらまたリハビリに励み、歩けるようになったらすぐにでも馬券を買いに行くのだろう。

わずかな収入を全て競馬で無くしても、自分には息子という金づるがいる。息子が拒否したら母親を経由して娘達から生活費を借りさせればいいと思っている父。

人工関節なんか、入れなくてもいい。歩けないまま病院のベッドで一生を過ごせばいい。

母も高齢であと何年の寿命なのか解らないけれど、少しぐらいは父に縛られない人生を自由に過ごしてもらいたい。

 

2年前の帰省では、映画一本観るのも大変な事だった。 

tanpopotanpopo.hatenablog.com

 

 

そうだ。帰省したら母と三陸鉄道に乗ろう。三陸の綺麗な景色を眺めて、美味しいものを食べよう。父が怒るから早く帰らなければと気が急く事もない。

カラオケなんか一度もした事がないだろう。どこかカラオケが出来る場所はあるだろうか?

私も純喫茶巡りがしたいから、レトロな喫茶店に母を連れて行こう。母はクリームソーダが好きだから、きっと喜ぶだろう。

私は帰省したその足でまず父の病室を見舞う。その後は母と遊びに行くつもりでいた。

どうせ父は私の帰省など嬉しくもないのだし、入院している父に私がしてあげられる事は何ひとつないのだから。

私はウキウキしながらネットで地域の情報を集めた。

私の帰省中の3日間は、姉も弟も都合で来られないので車がなかった。田舎だからバスの本数も少ない。旧友にも会いたいし、限りある時間を有効に使いたい。

いろいろと調べているうちに、私は少し気が紛れてきた。

盛岡には素敵な純喫茶がいくつもある。

盛岡の友人に会う場所はここにしようかな?等と、憂鬱な帰省にささやかな愉しみを見出そうとした。

 

そして明日はいよいよ帰省するという時になって、また弟からLINEがあった。

 

「母が救急車で運ばれた。今、姉が向かっている」と。