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読書感想文の雑感①

きなこ猫(id:kinako222)さんの、こちらのエントリーを読んで

 

 

昔の事をいろいろと思い出し、イラっとしてブクマをしてしまった……

すると、このブコメにたくさんの星がついた。

皆もかつては読書感想文の宿題に悩まされ「書けっていうのならば書き方を教えてよ!」と思っていたに違いない。

私もきなこ猫さんのようにこんな風に、ちゃんと教わりたかったな。

読書感想文…

罪作りなこの課題に、今年も大勢の子供が(親も)悩むのだろう。

 

 

私自身は、夏休みの宿題で真っ先に終わらせてしまうほど、感想文を書くのがあまり苦ではなかった。

大きな賞はとれなかったが、小さな賞状を何度もいただいた。

母に頼まれて姉弟の宿題も手伝った。姉には「絶対にコンクールに出されないように、下手に書いて!」と言われる始末であった。

当時は「感想文の書き方」などというハウツー本もなかったし、教師は宿題を出すだけで書き方など教えてもくれない。

多くの子は読んだ本のあらすじで文字数を埋め、最後に「面白かったです」と書いた。

すると教師は「これは感想文ではなく、あらすじ文だ」等と言ってバツをつけ、生徒に突き返すのを何度も見てきた。

 

 

「読書感想文コンクール」には、ふたつの嫌な思い出がある。

 

ひとつめは小学3年か4年生の頃だった。

二学期が始まって間もないある日の放課後、私は教室に残るよう担任に言われた。

そして担任は、他の子達を追い払うように下校させた。

どうして私だけが居残りなのか?ドキドキしながら待っていると、誰もいなくなった教室で私に課せられたのは「誰かが書いた読書感想文の清書」だった。

名前を見ても知らない子だったが、自分よりもずっと頭の良さそうな文章で、字も丁寧だった。

同学年の子だったかどうかも解らない。当時は子供の数が多かったので、生徒数が千人を超えるマンモス小学校に通っていた。

「この感想文はコンクールに応募する事が決まった作品ですが、本人が病気で長く欠席しているので清書が出来ないのです。学校で一番字がキレイだから、タンポポさんに清書をお願いする事にしました」

 

( ゚Д゚)ハァ??

 

今であれば、即座にお断りな話であった。

もし同じ事をうちの子にさせたならば、私は学校に怒鳴り込みに行くだろう。

 

その感想文には句読点や改行の直しが朱書きされていたが、内容は少しも変えていなかった。

本人が病気なら仕方ないのだから、このまま出せばいいじゃないか。指定の用紙に書かなければいけないのであれば、紙を家に持って行って書かせたらいい。少しぐらい具合が悪くたって、自分の文章を写すくらい出来るだろうに。

でも、内向的な私が教師にそんな口がきけるはずもなく、言われるまま黙々と清書するしかなかった。

原稿用紙3枚を、ゆっくりと丁寧に写した。

字がキレイだからと言われても少しも嬉しくないが、上手に書かなければいけない責任を感じていた。

その感想文が本当に上手くて、敗北感をも味わいながら。

思ったままをただ綴るだけの私の感想文とはまるで違う、理路整然とした大人びた文章の作品だった。

やっと清書が終わった時には、もう外が暗くなっていた。

教師は「ああ、キレイに書けている。やっぱりタンポポさんに頼んでよかった」と喜ぶそぶりをした。

私は力を込めて書いた手がズキズキと痛いし、早く帰らないと親に叱られるので大急ぎで家に帰った。

案の定「どうしてこんなに帰りが遅くなったのか」と母に問われて説明すると、母は

「何だ。タンポポの感想文じゃなくて、他の子のか」と残念そうに言った。

「タンポポの字が、キレイだからだって」と言っても、大して興味がなさそうだった。

 

後日、その感想文が何かの賞に入選したと、教師が嬉しそうに耳打ちしてきた。

だからどうしたと言うのだろう。

私は、それを喜ぶフリさえも出来なかった。

私が賞状をもらえるわけでもなければ、母に褒められたりもしない。感想文を書いた本人に感謝されたわけでもなかった。

ただ、あの日の右手と心が少しだけ、疼くように痛くなっただけ。

「嫌です。私はやりたくありません」等とは言えないとしても「今日は習い事があって…」等と機転を利かせる事も出来ない自分の愚図っぷりが、ただ情けなかった。

 

 

②に続く