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ボタン

私の同級生には、もう孫を持つ人もいる。
そんな歳になっていても、私はまだ戦争が、第二次世界大戦がなぜ起きたのかを知らない。
父方の祖父は私が物心つく頃には既に亡く、母方の祖父は病気で寝たきりだったので、身内の戦争体験を聞いたことがない。
母にどうして戦争が起こったのか聞いても「さあ、何でだろうね?学校で習いなさい」と言うだけだった。
歴史の本には日付と出来事が箇条書きに並ぶだけで、私の知りたい答えはどこにもなかった。
小学校では原子爆弾が広島と長崎に投下された映像を、何度も見せられた記憶がある。
見終わると必ず、具合を悪くする子が何人もいた。
甚大な犠牲者をだして戦争に負けた日本。
戦争は二度としてはならない。徹底した平和教育を受けた。
地球上でどこの国が戦争をしていても、日本はもう絶対に戦争には関わらないのだと習った。

中学2年の時、社会科のK先生が担任になった。私の知らない先生だった。
2歳上の姉が「良かったね。K先生って怖そうに見えるけど、すごくいい先生だから。」と言った。
K先生が初めて教室に入って来た時には、本当に怖いと思った。
背が高く、がっしりとした肩幅。厳めしい顔つきで、常に腕組みをしていた。
私のクラスには学年の不良グループの生徒が集まっていたが、K先生がひと睨みするだけで彼らさえも震え上がった。
もしかすると、彼らを制圧させるためにこのクラスを任されたのかも知れない。私は内心そう思った。
K先生は普段は優しくて面白いが、怒ると物凄く恐ろしかった。でもそれは本当に私達のためを思って叱るのだった。
3年に進級する時にはクラス替えは無いが、担任は変わる。
全校朝礼で私達の担任がまたK先生だと発表された時、私達は歓喜の声を上げた。
不良達は「えーまたかよ」等と、嫌々な素振りをしたが、本当は彼らも喜んでいた。
同じ担任が持ち上がりのクラスは他にもあったけれど、どこも私達のようには喜ばなかった。落胆の溜息をつくクラスさえあった。

K先生は、荒くれ達も優等生も私のような地味な生徒にも分け隔てなく愛情を注いだ。
K先生が2年と3年の担任だったから、私は中学生活を平穏に送る事が出来たのだと今でも思う。
K先生は私が書くものを面白がり、何でもいいから書けと言った。今、何を読んでいるのかといつも聞いてきた。
K先生は司馬遼太郎が一番好きなのだった。「〇〇〇を読んでいる」と言うと顔をしかめて「司馬を読め。司馬を。面白いから」と、いつも言っていた。
でも私は今に至るまで、一度も司馬遼太郎を読んだ事がない。
時々思った。もしK先生に「どうして戦争が起こったのですか」と質問したら、何と答えるだろうかと。
「中3にもなって、そんな事も知らないのか」と、怒られただろうか?
K先生は怒るととても怖い上に、連帯責任という名目でクラス全員を叱責する事もあった。
私が余計な事をして、話し合いのテーマにでもされたら困るので、聞かなかった。


中学を卒業してから、K先生と一度も会った事がない。
今、どこでどうしているかも知らない。
私達が卒業の年、卒業アルバムが作られなかった。私達にはモノクロのクラス写真が一枚、配られただけだった。
それは個人情報を気にした当時の校長の考えだったと聞かされたが、実際の事は解らない。
本当に会いたいと思うならば、この時代だからきっとK先生に辿り着く事は出来るだろう。
だから、K先生に会っても恥ずかしくない自分に、早くなりたい。
なれるか解らない 一生なれないかも知れない。間に合わないかも知れない。
会いに行く勇気が欲しい。
何故だかこの頃、K先生にとても会いたい。


ある日の授業中、話が脱線して戦争の話題になった。
「もし召集令状が来たならば、お前達どうする?」というような事を、K先生が男子生徒に聞いた。
男子が代わる代わる挙手し、自分の考えや戦争について発言した。K先生はいつものように腕組みをして、黙ってそれを聞いていた。
男子生徒達の発言が終わると、K先生が真剣な面持ちでこう言った。
「この次に戦争が起きた時には、召集だの特攻隊だの、そんなのは一切ないだろう。これからの戦争とは核戦争で、ボタンひとつ押すだけになる」
私達はざわついた。
私はその頃、トップレベルの学力を持つ女子と親しくしていた。
休み時間にその子の所へ行き「さっきの話、どう思う?」と聞いてみた。彼女は
「うーん。K先生が嘘を言うとは思わないけど…私、解らない。帰ったらパパに聞いてみる」と言った。
彼女はとても物知りであったが、解らない時には「パパに聞いてみる」のがお決まりであった。
「タンポポはどう思ったの?」
「私は…K先生はちょっとSF小説の読みすぎでは?と思ったよ。ボタンひとつで戦争だなんて」

これは、1970年代の話である。
K先生の言った事はSFファンタジーでも何でもなく、これまでどの国も日本に向けてボタンを押さなかっただけだった。
今この瞬間にも、誰かが核のボタンを押すかも知れない。そう怯えながら、生きていかねばならないのか。
平和な美しい国に生きていると信じていた私は、ほんの数日前までこの事に気付かずにいた。
この星の上には平和で美しい国など、もうどこにもないのだ。



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今、何故だかK先生に、とてもとても会いたい。