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犬が死んで、一年が過ぎた

Lが死んだのは、一年前の昨日。

この一年間、私がLを忘れた事は一度もなかった。

Lの名を呼ばない日は、一日もなかった。

私は早く、もっともっと早く時が過ぎればいいのにと願った。一年も経てばこの際限ない悲しみが薄れるものと思っていた。

実際、晩秋の頃にはLの話をしても笑っていられるようになっていた。会えばLの話題になりそうな人と会わずに過ごしてきたけれど、これなら今まで通りに笑顔でいられるかも知れない。

でも気温がぐっと下がり、底冷えのする朝の道を自転車で走った時、不意の涙で目が曇り前が見えなくなった。

凍えるような冬の寒さが、自転車の荷台にLを乗せて動物病院まで向かった日の感情を呼び起こしたのだった。

Lちゃん、寒いけど少し我慢してね。Lちゃん、頑張れ。ごめんね、ごめんね…

 

 

Lは病名と厳しい病状を告げられた日の午後に、苦しんで苦しみぬいた挙句に死んでしまった。

Lの心臓は2回止まり「蘇生させますか?」と聞かれて私は首を横に振った。

生き返らせてもまたもがき苦しんで、Lは死ぬのだ。

Lが苦しむところを、もう見たくなかった。

蘇生処置をして生き返り治療を続けたなら、もしかしたらLはあと少し長く生きたかも知れないのに。

どうして私はあの時、簡単に諦めてしまったのだろう。

Lはもっともっと生きていたかったから、苦しくても息を吹き返したのかも知れないのに。

私はやり場のない怒りと悲しみをブログに一週間かけて書き散らかした後、消した。

時々不安定になりながらも1か月、3か月、半年…とやり過ごしてきた。

その間もずっといろいろな事を考えた。

けれど、いくら考えても答えはたったひとつだけだった。

もう、Lは二度と帰ってこない。

死んでしまったら、もう誰も戻ってこない。

ただ、それだけだ。

 

 

tanpopotanpopo.hatenablog.com

 

 

 

数日前に偶然目にしたTV番組の特集で、ある動物病院が取り上げられていた。

高齢猫の元気がなく、餌もあまり食べないと心配して連れてきた飼い主に、診察した獣医師は厳しい声で言った。

「この子は、今年の夏頃にはもう具合が悪かったはずですよ。」

そういえばと思い当たり、項垂れる飼い主。

獣医師は高齢猫の状態があまり良くない事を伝え、飼い主はショックを受けて涙ぐんだ。

私は、この映像を泣きながら見た。

動物は食べられなくなったらもう、長くないのだ。

Lの時もそうだった。

それから通院治療の日々が始まるのだけれど、治療は猫にとって苦痛を伴う。

それが、飼い主にも辛かったのだろう。

「猫は治療を折檻だと感じているのかも。それならばいっそ安楽死を…」

と言ったその時、獣医師は語気を強めて言った。

「この子、今の話を聞いているんですよ?」

ハッとする飼い主。

そして獣医師は

「私は安楽死はやりません」と、飼い主に言い放つ。

 

猫をもう楽にしてあげたいという飼い主の気持ちが、私には理解出来た。

飼い主が家族で相談して決めた事なのに、この獣医師はどうして安楽死させてあげないのだろう?とも思った。

猫は治療の甲斐なく数日後に死んでしまうが、それでも猫の飼い主は獣医師にとても感謝したのだった。

Lの死にはたくさんの後悔がある。Lも、こういう獣医師に診てもらいたかった。

10年以上も通ったのに、かかりつけの病院と私は信頼関係が少しも築けていなかったのだから。

 

安楽死を選択しなかった獣医師は

「安楽死についていろんな考え方があるけれど難しい。自分ではまだ解らない。」

そうインタビューに答えていた。

まだ解っていないから出来ないのだと。

これまで多くの動物の生死を目の当たりにしてきた獣医師でさえ「まだ解らない」のだ。

その問いは簡単ではなく、解はひとつではないのだろう。

 

Lが死んでもうすぐ一年というカウントダウンの最中に、飼い猫を安楽死させたブログを読んだ。

私は、長く生きられない猫など飼っても辛いだけだから、ペットショップに返した方がいいと思っていたが、猫はもう我が子同然となってしまい返される事はなかった。

ぷちこんぶ(id:peticonbu)さんのP子ちゃんは、非常に短い命という運命を背負った猫だった。

けれどぷちこんぶさん一家に可愛がられた記憶を抱いて旅立った、とても幸せな猫だと思う。

 

Lが死んで一年の節目の日、高齢犬ノワさんが星になったブログを読んだ。

chocolat(id:chocolat12 )さんのご実家のノワさんは、犬としては長寿の大往生で、その長い犬生は毎日が幸せそのものだったと思う。

 

長く生きられたノワさん、わずかしか生きなかったP子ちゃん、10年生きたL。

飼い主と暮らした時間は様々だけれど、ペットが私達に残してくれたものの大きさは、寿命の長さでは量れない事を知った。

 

そして私は、ノワさんが星になった記事のこの一文に、とても救われたのだった。

 

「いつまでも忘れないことが一番の供養になる」

ノワ、星になりました。 - C'est trop mignon! てづくり日和

 

私はこれからの年月も、ずっとLを想い続けるのだ。

それは悲しくてたまらないから、もう嫌だと思っていたけれど。

 

寂しい、悔しい、辛い、そんな感情も全て受け入れて、いつまでも私はLを思いながら生きようと思う。


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