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文芸メイン、その他もろもろ

親の呪縛から逃れる日

母は、私が18歳の時に私を上京させ、晴れて自由の身にしてくれた。

けれども私は、就職後も結婚してからも、あの家に縛られたままだ。

何かを書こうとすれば”母は~”の記述ばかりが多くなってしまう。

 

父は、母にも私達に対しても一かけらの愛情もないのだと、幼心に解っていた。

母の事を尊敬してはいたけれど、憐れみの気持ちの方が大きかった。

私は子供の頃から、母の気を惹くことばかり考えていた。

母に褒めて欲しかった。

母に可愛がって欲しかった。

母は子を可愛がったが、たぶんその愛情は、私達きょうだいの誰にも足りていなかった。

私は大人になってからもずっと、母の愛を求め続けていたと思う。

困難に遭えば、まず、母ならどうするだろう?と考えた。

悩み事は、心配をかけてしまうから、母には相談出来なかった。

痛みや苦しみに耐える時には、心の中で必死に母を求めた。

母のために何か、母の喜ぶ事をしたいと思い続けてきた。

私自身が、もう孫がいてもおかしくないような歳なのに。

 

この間、ふっと、母の呪縛が解けた。

そんな気がした。

姉は数年前まで私と同じ状態だったのが、やはりある時ふっと解けたのだと言う。

姉からその事を聞いた時(私はこれからもずっと、このままなのかも知れない。それならそれでもいい。)と思っていた。

 

朝、姉からLINEが来ていた。

地方紙の朝刊に私の短歌が掲載された、その写真だった。

あれ?エッセイが載ると連絡を受けていたのに、おかしいな。

短歌の方が載ってしまったから、エッセイはボツなのだろうか?

そうLINEすると、姉は古新聞の束を探してやっと見つけてくれた。

エッセイは短歌の前の週の掲載で、気が付かなかったらしい。

私は、エッセイを地方紙に投稿したのはこれが初めてだった。

短歌があまりにもボツ続きなので、つい他のものを出してみたくなった。

エッセイはあまり読まれないのだろうか。そして筆者の名前など、誰も気に留めないのだなと思った。

それでも私は、掲載されたのは嬉しかったが、時間が経つ毎にある不安が膨らんでいった。

エッセイを読んだ母は、あの内容が気に障るかも知れない。

そう伝えると、姉は

「そんな事ないよ。読んだら泣けてくる」とか「怒りはしないでしょ。新聞に掲載されたんだもの。むしろ喜ぶんじゃないの?」等と答えた。

母を喜ばせるための、地方紙投稿だった。

怒らせるのも不本意だが、悲しませてしまったらどうしよう。

もしも自分の娘が「自分の居場所がない」だの、「伯母が嫌いだった」だのと地元の新聞に書いたなら、私はやはりショックを受けるだろう。

とにかく何でもいいから採用されれば、母は喜ぶものとばかり思っていた。

年老いて認知が歪み始めた母がどんなふうに感じるか、今更考えてみても仕方がなかった。

「母はきっと、新聞を読んでいないと思う。電話して様子を見てみる」

というLINEの後、姉からも音沙汰が無くなった。

 

…そりゃあ、怒るよね。

帰省しても実家ではなく、わざわざビジネスホテルに泊まる私を

「人に知られたら恥ずかしい」と言って、世間体ばかり気にする母だった。

地方紙とはいえ、誰かが読んで母に何か言うだろうか?

あれこれと考えているうちに

(母が怒ったのなら、それは仕方のない事)

と、思うようになった。

例え、母にとって不愉快な内容だとしても、私は私が書きたいものを好きなように書くだけだ。

私はもう、母に愛されなくてもいい。

母がどう思うかなんていちいち気にしていたら、何も書けない。

そう自分に言い聞かせると、気持ちも身体もまるで羽が生えたみたいに軽くなった。

 

喉の辺りが詰まるような、重苦しい日々から解放されたが、母の気持ちがほぐれるまでは長期戦かも?と思っていたら

昨晩、母から電話があった。

新聞投稿の内容には触れずに、自作の俳句を二句披露し

「これをどこかに出して頂戴」と、母は言った。

「それは、自分で出しなさいよ。私が出したら盗作でしょ。」

そう言ったものの、へんちくりんな俳句だったから盗作する気にもならない。

あ、でも…

私は考え直した。

「いつか出してあげるから、紙に書いてまとめておいて。走り書きでいいからね。たくさん書いてよ。」

「あら、そう?じゃ今度来た時に見せっからね。」

 

母は、怒っていなかった。

次に帰省した時、私は母のへんちくりんな詩や俳句をたくさん見せられるのだろう。

その中から選んで、葉書に清書させようと思う。

これは、いい認知症予防になりそうだ。

 

音沙汰のなかった姉は、義兄と共に実家に出向き、なにくれと老親の世話をしていたらしい。

自分達の生活を差し置いても、親に尽くそうとする姉も、長女という呪縛から解かれているようには、とても見えない。

 

私達はいつになったら、親の呪縛から解き放たれるのだろうか。