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終焉、そして新しい生命

今年の帰省を早めたのは、入院している伯母の見舞いと、先月出産した姪の子に会いに行くためだった。

岩手で里帰り出産をした姪は、これまで住んでいた関東から信州へ引っ越しをするという。
私は信州には行く機会がないので、これからはもう会えなくなるだろう。
 
生後1カ月になった姪の子は、あまり泣かず手がかからなかった。
夜中に何度も何度も泣いて私達を起こしていた、うちの子とは大違いだった。
 
泣いても姉や私や義理の兄が代わる代わる抱くので、赤ん坊はすぐに泣き止んだ。
 
義兄の大きな手に支えられ、赤ん坊は安心しきった顔でベビーバスに浸かっていた。
 
元気に生まれてきてくれて、ありがとう。
 
溢れんばかりの愛情に包まれた、幸福な赤ちゃん…
 
私は、眩しいその光景に目を細めながらも、心の中では別の事を考えていた。
 
 
果たしてこの世は、本当に良いものかしら?
 
 
昔読んだ漫画の、ラストシーンの独白である。
この世界に生まれ出る事が、果たして本当に素晴らしく、赤ん坊にとって良かったと言えるのだろうかと疑問に思う台詞だった。
 
その漫画を読んだ時にはピンとこなかったが、大人になったらだんだんとその意味が解って来た。
 
あの頃には予測出来ないほどに、この世界はますます酷い事になっている。
そこに産み落とされた、この子らの未来は一体…
 
もちろん、こんな事は誰にも言えない。
どす黒く広がる闇のような不安をかき消して、私はお道化ながら赤ん坊をあやしていた。
 
 
スマホで赤ん坊の写真を撮り画像をPCに移して、実家でそれを両親に見せた。
すると、父は大変驚いて
「〇〇(姪の名)は、いつの間に結婚したのか?」と大きな声で言い、私と母を驚愕させた。
 
その母も、私が会話の中で従弟の名前を出した時に
「△△(従弟の名)って、誰?」と真顔で言い、私は何度も何度も
「本当に△△が解らないの?」と聞き返したが、全く解らない様子だった。
 
私は姉の家に戻った時に、このふたつの話を姉と弟に話した。
 
ふたりとも、父は少し認知症だと感じていたが、母もそうだとは信じたくない様子だった。
 
「お母さんのは、単なるもの忘れじゃないの?」と姉は言った。
 
でも、母が忘れた従弟の名前はちょっと変わった名前で、しかも彼は母にとって、他の甥や姪の中でも特別な存在であったから、忘れるはずがないのだ。
 
そんな大切な名前さえも、人は忘れてしまえるものなのか…
 
 
伯母の病室には2回、弟と一緒に見舞ったが伯母は覚醒せず、持参したPCを見せる事も会話をする事も出来なかった。
 
昔から痩せこけている母とは対照的に、ふっくらとした顔貌の伯母であったのに、まるで別人のようになっていた。
 
細い枝のような伯母の手足に触れながら、弟は
「(人は最後には)こんなになってしまうんだな…」とやるせなく言った。
 
私達は、そう遠くなく訪れる伯母の、そして親の最期をそっと思いながら心の準備をして来たのだった。
 
 
姪が、赤ん坊を上手にあやしている。
 
その姪が生まれた時の事を、私はよく覚えている。
 
あの時貴女はああだったのよ、こうだったのよと姪に話す。
 
姪は興味深そうに、そして照れくさそうに聞いていた。
 
姉は、全然覚えていないと言う。
 
そんな事まで、よく覚えているねと驚く。
 
私は本当によく覚えている。
 
そしてそれは、ついこの間の事のような気がするのだ。
 
この間生まれたばかりの赤ん坊だった姪が、もうお母さんになって赤ん坊を抱いているのだから、私はおかしな感覚に囚われる。
 
あの日の事も、今日のこの時も、いつかは全て忘れ去ってしまうのだろう。
 
そう思うとこんな雑文ブログでも、何の意味もない…訳でもないのだ。
 
 
 
今回の帰省で、私は弟に姉の家まで送って貰った。
 
弟は姉の家に初めて来たと言うので、私はこれにも驚愕した。
 
私達の実家は、家族として機能していなかったから仕方がない。いろんな事が他所とは違っていた。
 
姉の家で弟は、姪の子を抱いた。
 
独身の弟は、小さな赤ん坊を抱っこするのはこれが初めてだったらしい。
 
まるで精巧なミニチュアの何かを見るように、ほんの数ミリしかない爪をまじまじと見ては驚き、手足の指が動く度に
 
「うわぁ凄い、凄いな」を連発した。
 
何が凄いんだと、私と姉と姪とで大笑いをした。
 
 
 
私はこんな一日も、いつかは忘れてしまうのだろう。
 
だから、書き留める。
 
忘れかけてもまた繰り返し読んで、この日の事を思い出せるように。