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文芸メイン、その他もろもろ

犬が しんだ ただ それだけ のこと⑦

冷たくなったLの身体を、私は泣きながら撫でた。

いつか犬が死んだらどうしよう…と、犬達が元気な時から怯えていた。

それは、死んだ犬が怖くてきっと耐えられないと思っていたからだ。

けれどもLの亡骸は、少しも怖くなかった。

恐ろしいのは、もうLが生き返らないという絶望感だけだった。

 

最初、興奮して暴れていた2匹の犬達はいつの間にか静かになって、遠巻きにLと私を見ていた。

そして、先住犬が先頭に立って、少しずつ近付いてきた。

Lの身体の匂いを、先住犬が恐る恐る嗅いだ。

ほんの数秒フンフンと匂いを嗅ぐと、先住犬は直ぐにLから離れた。

それに倣うように捨て犬がLの匂いを嗅いで、速やかに離れていった。

そして2匹は何かを感じ取ったように、二度とLには近寄らなくなった。

 

 

私は昔にも似たような事があったのを、思い出していた。

小学校高学年の頃だ。

ノラの仔猫に餌をあげたら懐き、毎日家に来るようになった。

仔猫は私から餌を貰うと、商売をしている実家の店先で丸くなって休み、店を閉める頃どこかへ帰っていった。

そのうちに仔猫は、母猫や兄弟猫まで連れて来るようになった。

私は猫達が店先で寛いでいるのを眺めて遊んでいた。

母は、友達がいなくて野良猫と遊ぶ私を憂いて、最初は何も言わなかった。

でも食品を扱う店に野良猫がいるのを不快に思う客がいて、次第に「猫をどうにかしろ」と言うようになった。

私は仕方なく猫を追っ払ったが、暖かい場所と餌に味をしめた猫は、どこかに行っても翌日にはまた戻って来るのだった。

そんなある日、私が店の前に立っていると、通りの向こう側の歩道を仔猫が歩いていた。

仔猫も私に気が付き、目が合った。

次の瞬間、仔猫はこちらに向かって勢いよく走りだした。

そして車道の真ん中で車にはねられ、仔猫の小さな身体はボーンと弧を描いてぽとりと落ちた。

茫然と立ち竦む私の後ろから母が車道に走り出て、ぐったりとした仔猫を抱えて戻ってきた。

仔猫は即死で、口から血を吐いていた。

いつもの愛らしい顔ではなく、化け猫のような恐ろしい顔に変わっていた。

怖かった。

母は新聞紙で猫を包みながら

「おめさんが、猫を呼んだのすか?」

と聞いた。私は

「呼んでいない。けど、目が合ったらこっちに来た」

と、項垂れた。

呼んだのと同じだった。仔猫は私の所に来ようとしたのだから。

店にいた母猫と兄弟猫が、死んだ仔猫に近寄って来て

フンフンフンと匂いを嗅いだ。

嗅ぎ終わると母猫と兄弟猫は私をギロリとひと睨みした。

「お前のせいだ」とその目が言っていた。

そして寂しそうに何処かへ行ってしまい、それっきり猫達は、誰も姿を見せなくなった。

 

 

動物はきっと、仲間の死が解るのだろう。

そして、その忌わしい死から自ら離れようとするのだろう。

 

 

先住犬と捨て犬も、それっきりLの存在をまるで無視していた。

2匹の興味はもう、Lの枕元に供えたどら焼きだけであった。

私だけがいつまでもいつまでもLの亡骸を抱いて、このまま気が狂ってしまいたいと思った。

私も、Lの所に 行きたいな…

 

でも、Lがそれを望むはずがない。

「悲しんでいる飼い主を心配して、犬がもっと悲しむよ」

犬を亡くした友人達に私が何度かけたか解らない、その呪文のような言葉を

今度は自分自身にかける番だった。

 

Lが大嫌いだったブラッシングも、もう抵抗ひとつしないから毛玉が全部取れて綺麗になった。

この身体を焼いてしまうのかと思うと身震いがして、涙がいくらでも出た。

でも動物の亡骸は、48時間を超えると腐敗が始まるという。

焼いて骨にして、自然に還すしかない。

Lの身体はもう、魂のない抜け殻だから。

 

 

私はふた晩Lと添い寝をし、2016年1月24日(日) Lを動物霊園で見送った。

霊園には、夥しい数の動物が眠っていて、供養に訪れる人が絶えなかった。

小さいロッカーのような棚に小さな骨壺と写真がずらりと並び、花やおやつが供えてあった。

人と暮らして、この場所で眠っているペット達はきっと幸せだった…

そう思えた。でもLは?Lは幸せだったのかな…

 

動物霊園にLを託した後、近くの店で蕎麦を食べた。

テラス席に犬と座り、いつものように娘は先住犬に、夫は捨て犬に自分の蕎麦を分け与えていた。

Lも蕎麦が大好きだったから、Lにも食べさせてあげたかった…

でももう、それも叶わない。

 

食事の後、ドッグランに寄るのかと夫に聞くと「行く」と言う。

ドッグランでは、Lが走り回るだけで、2匹はちっとも走らないのだから行かなくてもいいのでは?と娘が言っても「行く」と言う。

ドッグランには、たくさんの犬種が楽しそうに元気に走り回っていた。

飼い主と犬達の眩しい笑顔で溢れていた。

Lはいつも縦横無尽に走り回り、ご機嫌かと思えばあちこちで喧嘩を始めるので一時も目が離せなかった。

私は、Lの姿を探した。

Lはいない。いる訳がない。

Lは、死んでしまったのだから。

Lはもう、燃やしてしまったのだから。

でもLの魂は、今ここで走り回っている。

いつものように、嬉しそうに、息せき切って走っている。

そんな気がした。

 

ドッグランが近い霊園を選んだのは、夫だった。

そうだね。Lもここならきっと、寂しくないよね。

2匹を連れてまた来るから、Lも一緒に走ろう。

夫は、ドッグランをぼんやりと眺めながら泣いていた。

娘も泣いていた。

私達は犬がいなければ話す事もない、バラバラな家族だった。

家族とさえ呼べなかったかも知れない。

でも、Lが死んで悲しいのは私だけではなかったのだと、この時に初めて気が付いた。

Lが、犬達が、歪な私の家族を繋いでいてくれたのだ。

 

 

「こんなに悲しい思いをする位なら、あの時Lを買ってこなければよかった。

貴方がどうしてもと聞かないから、仕方なく連れて帰ったけれど。

もしも、他所で飼われていたなら

うちみたいな多頭飼いでなく、兄妹犬のMちゃんのように大切に飼われていたならば

Lはもっと長く生きられたはずだ」

私は夫を責めた。すると夫は

「あの時うちが飼わなかったら、あいつはきっと殺処分だった。

それを思えばLは長生き出来た。Lは、こういう運命だったんだ」

と言った。

 

そうかも知れない。

そして今更何を言っても、誰を責めてもLは帰ってこない。

 

 

Lや。

母ちゃんは、寂しくて、寂しくて

寂しくて寂しくて堪らないけど、我慢するよ。

 

そして私は、死ぬのが少しだけ、怖くなくなった。

私があの世に行く時には、Lがきっと迎えに来てくれるから。

大きなベロを出して、大きな耳をぴんと立てて

ちぎれんばかりに尻尾を振って

私に向かってまっしぐらに、走って来てくれるはずだから。

 

L、母ちゃんの事を忘れないでね。

必ず来てね。

約束だよ。

 

 

 

- END -

 

①~⑥は非公開です。