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犬なんか飼わないほうがいい話⑤

10年前の冬にやってきた里子犬は、春になる頃にはだいぶ我が家に馴染んできた。

ある朝、私が体調が悪くて寝込んでいると、犬はまだご飯を貰っていないのに吠えもせず枕元でお座りをしていた。

心配そうな目でこちらを見ている。

「お母さんなら大丈夫だよ。お前は賢くて、優しい犬だねぇ…」

その時、犬の顔がとても美しいと思った。

まるで、生まれた我が子がこの世で一番可愛らしいと思うように。

後に犬のオフ会に行き、うちのは不細工で残念な部類に入るのだと知る事になる。

おそらくそれが売れ残りの原因である。

私達は、犬を連れて海や山やいろいろな場所に出かけた。

知らない世界をたくさん見せてあげたかったし、うちの犬になって幸せだと思って欲しかった。

犬のいる暮らしは、私達を以前よりもずっと笑顔にした。

 

 

犬のグッズが揃う商業施設が新しく出来たのを知り、少し遠かったのだが家族で出かけてみた。

そこには大勢の客が、愛犬を連れて訪れていた。

私は犬のためにプレミアムドッグフードを買ったり、犬の洋服を眺めたりした。

犬の洋服は何着か持っていたが、牝なのに凛々しい顔のためあまり似合っていなかった。

その店に置いてある犬の洋服は、夫が着ていたものより高価だったので私達は大笑いをした。

すると、ひとりの若い女性店員がさっきからうちの犬をじっと見ているのに気付いた。

「もしかしたら…ううん、違うかも…でも…」

そのような独り言をつぶやいていた。

私は犬を女性店員の所に連れて行った。犬もその女性店員の顔をじっと見つめた。

「あの、もしかしたらこの子は、◯◯◯という名前ではありませんか?」

そう聞かれて、私は「違います。」と返事をした。

「そうか…でも…この模様は確かに…」

と、残念そうに言いながら犬の頭を撫でた。犬の頭には特徴的な模様があるのだ。

「◯◯◯の兄弟犬なのかも…このワンちゃんには、どこかに兄弟がいるのを知っていますか?」

そう言われて、私はもう意地悪をするのはやめようと思った。

この人はきっと、あの施設で働いていた人なのだろう。

「うちの犬は△△△です。でも、うちに来る前の名前が◯◯◯でした。」

可笑しいのを堪えて私はそう言った。

すると、女性店員は「やっぱり!」と叫んだ。

驚いた事にその目から大粒の涙をぼろぼろとこぼしたかと思うと、犬をギュッと抱きしめた。

「◯◯◯!◯◯◯!元気そう。見違えるようにキレイになって。◯◯◯良かった。幸せに暮らしているんだね。おウチの犬になったんだもんね…」

犬は少し困ったような顔をして、ゆらゆらと大きな尻尾を振って見せた。

施設にいた時には皮脂でベタベタだった毛並みが、シャンプーされてふわふわになっていた。毛の量も以前より増えてフサフサしていた。

だから違うと思ったけれども、頭の模様で間違いないと確信したそうだ。

彼女のようにペット業界にまた就職できた人はラッキーで、他の従業員が今どうしているか解らないと言う。

施設にいた犬達も、今どこにいるのか元気なのかといつも気になっていた。今日、ここで◯◯◯に会えた事がとてもとても嬉しいのだと、涙を拭いながら犬の頭を撫でて言った。

その姿を見て、犬達は施設でちゃんと愛されていたのだと感じた。

そして、これからも大切に犬を育てていかなくてはと心に深く刻んだ。

女性店員は

「元気でね!バイバイ◯◯◯!あっ、そうじゃなかった△△△バイバイね!」

と手を振った。

犬は相変わらずクールな顔つきで尻尾をゆらゆらさせた。

 

 

それから間もなく、我が家はある日突然に雄の仔犬も飼う事になる。

平和だった里子犬の生活は、その日から一変した。

私と里子犬は、雄仔犬のメチャクチャな悪さに翻弄される日々に疲弊した。

雄仔犬の破天荒っぷりは、シニアとなった今でも継続中だが、仔犬時代は本当に酷かった。

この雄仔犬も、戻したくても戻す所が無いという、不憫な境遇ではあった。けれども、あまりのタチの悪さに可愛がる気持ちが全くわかなかった。

そして、生涯大切に飼育すると誓約書まで書いた里子犬が、ストレスで消耗していくのが気の毒で堪らない。

せっかく排泄の躾が完璧になったところに雄犬が来たお陰で元に戻ってしまい、私は2匹の粗相と、雄仔犬の悪戯の片付けに追われた。

 

 

雄仔犬が来て約1年経った。

2匹が落ち着いてやっと喧嘩をしなくなった頃、夫が牝の捨て犬を連れて帰ってきた。

うちにいる2匹よりも小さくて、器量の良い犬だった。

こんなに可愛い犬を誰が捨てるだろう?きっと飼い主が捜しているだろう。もしも飼い主が見つからなくても、里親のなり手がいるに違いないと思った。

けれども飼い主は現れず、捨て犬は夫にだけやたらベタベタと懐き

「うちで飼う」と夫が言い出した。

 

こうして、我が家は3匹の犬達と騒々しく暮らす事になったのだ。