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犬なんか飼わないほうがいい話③

私のペットショップ巡りは続いた。

ショップも様々で、ある時などは悪質な業者にも出会った。

そこは普通ではない悪臭と、悲痛な犬達の鳴き声で満ちた異様な世界であった。明らかに劣悪な環境で犬を繁殖させていた。

幾つかの小さなケージの中にはそれぞれ4、5匹の仔犬が閉じ込められていた。

仔犬達は窮屈そうに喘ぎながらこちらを見ていた。

目やにだらけの目が「助けて」と訴えていた。毛艶も悪く、皮膚病にもかかっていたのではないだろうか。

ケージの隅にいる仔犬などは他の犬に押しつぶされたまま目をつむり、果たして息があるのかどうかも解らない。

そこには薄汚れた身なりの一人の男性がいて、虚ろな目でこちらを見ていた。接客するわけでもなく寧ろ人を寄せ付けない感じがした。

私も悪臭に耐えかねて、すぐに飛び出した。

あの店は動物虐待の通報レベルであったと思う。いつの間にかなくなってしまったが。

 

ネットでは、個人ブリーダーのサイトや、動物愛護センターのホームページも閲覧するようになった。

動物愛護センターのホームページには、驚くほどの数の犬が掲載されていた。

犬は猫と違い、ほとんどが純血種だ。それは人間が繁殖させて売買し、人に飼われていた犬だという事である。

あの、きらびやかなショーケースに並んで高いお金で買われ、飽きて捨てられたか迷子になったかの犬達なのである。

彼らの写真にはそれぞれ、収容期限が書いてある。

その期限の先にはどんな事が待っているのか。私はその時も(今も)何となくしか解っていなかった。

そして、円らな瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。

辛い。

私がこの中の一匹でも選べば、その命は救われる。

選ばなかった犬達は殺される。

一匹だけなんて選べない。けれども、選ばなければ一匹の命さえも救わず見殺しにする事になる。

この現実に耐えられないくせに、私は毎日ホームページを開いたり閉じたりしていた。

そしてペットショップで犬を購入するという選択肢は、いつの間にか消えていた。

動物愛護センターのホームページには時々、雑種の仔犬が掲載された。

兄弟で数匹、まとめて持ち込まれるのだろう。

とっても可愛い。

純血種の犬に何十万円も払う人が大勢いるけれども、雑種犬はタダでも貰ってくれない。

でも、可愛い盛りのこの時期になら、ちゃんと貰い手を探せばきっといたと思う。

それもせずに、命の期限付きのセンターに持ち込まれた仔犬達。

成犬と違い、仔犬は引き取られる幸運が多いと聞くが、雑種を好んで飼う人は少ないだろう。

非常に短い収容期限の間に、そういう人が現れてくれればいいと願いながら見なかったふりをしてきた。

 

皆、平等。皆、同じ命と教育されてきたものの

それは只の綺麗事だと、子供の時から知っていた。

雑草のこぼれ種から生えてきたような自分と、温室育ちのバラのような人が平等に扱われているとはとても思えなかったから。

犬も宝石並みの値のつく犬と、数日間で殺されても仕方のない犬が存在する。

生まれてきた時には既に、その運命が決まっている。

この命の違いは、何なのだろう?

そして、宝石と同じ値段だった犬も、飽きてしまえば簡単に捨てられてしまう。

自分の手は汚さずに、他人に命の始末までさせる。人間とはなんて身勝手なのだろうか。

 

さっき、私は久しぶりに動物愛護センターのホームページを開いてみた。

10年前に大ブームで30万円だったトイプードルが、3匹も掲載されている。

皆、トレードマークの巻き毛が茫々に伸びていた。

トイプードルは、小まめなトリミングが必要な犬種である。そして、そのトリミング代はかなり高いのだった。

捨てるほど愛情がなくなったのだから、犬にそんなお金をかけるはずが無い。

そして見苦しくなればますます、犬が疎ましくなるのだろう。

私が見ていたのは東京の動物愛護センターだが、同様のセンターは日本中にいくつもあるのだ。

各センターに収容されている処分寸前の犬や猫の数を想像すると、気が遠くなるような現実がここにある。