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文芸メイン、その他もろもろ

犬なんか飼わないほうがいい話②

犬が飼えない賃貸住まいだった頃、私達はよくペットショップに出かけた。

 

愛想を振りまく仔犬達を眺めながら、飼うとしたらどの犬種にしようか等と思いを巡らせた。

とはいえ、飼えるような目処は立っていないのだから、完全に冷やかし客であった。

可愛い仔犬や仔猫に囲まれて、忙しそうに働く店員達は皆明るく生き生きとして楽しそうに見える。

獣医になるのが無理ならば、ペットショップで働くのも素敵だねと、娘や同級生達は話していた。

 

娘が小3か4年の時の出来事である。私達家族は、初詣に出かけた。

毎年お参りする神社を変えていたので、あの年はどこに行ったのか忘れてしまった。

お参りが済んで参道から最寄駅に向う途中に、大きなペットショップがあった。

正月から営業しているその店内は、私達同様に初詣帰りの親子連れでごった返していた。

皆が帰り道に気まぐれで、或いは暇つぶしに立ち寄ったという感じである。

犬や猫を眺めようにも、客が多すぎてゆっくりと見てもいられない。

私と娘は人の波に押されて、ハムスターのいるケースの前に辿り着いた。

中を覗けば、むくむくとしたハムスターが数匹、愛らしく動き回っていた。

当時、娘の小学校では犬や猫代わりにハムスターを飼うのが流行っていた。

ハムスターも可愛いかもしれない…

と、思いかけたその時、1匹のハムスターが夢中になって食べている奇妙な餌に気がついた。

まるで、輪切りの大きなハムの塊に齧り付いているように見えた。

 

その塊は、頭のないハムスターだった。

 

私と娘は同時にそれを理解した。

眩暈と吐き気がするのを必死で堪えて、娘の手を引いてその場から離れた。

けれども店内には小さな子供達が大勢いる。

誰かが気づく前に、早く何とかしなくては…

私は店員をつかまえて「あそこのハムスターが…」と小声で告げた。

若い女性店員はそのケースを一瞥すると、無表情で手際良く塊を掴みどこかに持って行った。

少しの動揺も躊躇もない、手慣れたその様子にこそ私と娘は戦慄した。

 

それは「よくある事」なのだ。

 

ペットショップで働くのは楽しそう等という娘の考えは、あの一瞬で吹き飛んだと思う。

そして、私もあれがトラウマとなりハムスターが苦手になった。

 

 

娘が高校生になり、私達は犬が飼えるマンションに引っ越しをした。

荷物の片付けも終わらないうちに、私はペットショップを見て回り、家に迎える犬を探し歩いた。

冷やかしではなく本当に購入するつもりで見ていると、それまで気にしなかった事があれこれと気になってきた。

まず、値段が非常に高い事。

ショップによって、値段の差がありすぎる事。

それは以前から知っていたけれども、犬猫生体が数十万円という金額は、果たして妥当なものなのか?と買う間際になって躊躇した。

つまり、我が家はそんなに裕福ではないからだ。

ミニチュアダックスとチワワのブームが去り、トイプードル全盛の頃だった。

どのケージにも様々なカラーのトイプードルばかりがいて、30万円位の値が付いていた。

娘は柴犬を希望していたが、どういう訳かどこの店頭にも柴犬は見当たらなかった。

私は、何度か通って話すようになったショップの店主に、柴犬がどこにもいない理由を訊ねてみた。すると

「流行っていないからね」という、単純な答えだった。

そして、半年ほど待てばブリーダーに頼んで産んでもらえる事を知った。金額は⚪︎万円または⚪︎万円で、絶対にキャンセルをしないのが条件だと言う。

私は半年も待つのが嫌なのと、その条件が果たして一般的で妥当なのか解らなかったので気乗りしなかった。

家族として迎えるのだから、顔を見た印象が大事なのではないかと思っていた。

 

この子だ!と思える犬になかなか出会えず、しばらくして私はまたそのショップに行った。

すると、前に来た時にはそこに居なかった、真っ黒い顔のパピヨンが一番端っこのケージの中に居た。

真っ黒顏のパピヨンは、小さな尻尾をブンブンと振りながらケージの中を元気に跳び回っていた。

わぁ可愛い!

この子にしよう。

柴犬ではないけれど、この子なら娘もきっと気にいるだろう。

 

店主は、私が柴犬の交配を頼みに来たと思ってニコニコしながら話しかけてきた。

「そうじゃなくて、この子。値段が書いてないけれど、この子はおいくらなのですか?」

と聞くと、途端に店主の表情が曇った。

「ああ、これは売らないんです。病気が見つかって。明日、ブリーダーに戻すんですよ。」

病気?こんなに元気そうなのに?

何の病気かとしつこく聞いても、店主はなかなか言おうとしなかった。

私はもう柴犬の事など頭になく、このパピヨンを連れて帰りたい気持ちでいっぱいであった。

「例え病気だとしても、それを納得して飼うのだから。うちに迎えてちゃんと治してあげたい。」

そう言っても店主は渋い顔をして首を横に振り続けた。

そのパピヨンは、先天性の股関節脱臼なのだと言う。この犬種にはよくある事で、ショップに来た時は気が付かなかった。けれども判った以上、欠陥のある犬を販売する事は出来ないのだと、重い口で言った。

それは、こちらが何と言おうと、絶対に曲げられないようであった。

「それでは、この売れない犬はどうなるのですか?」

「ブリーダーの所に戻したら、ブリーダーが貰い手を探すのですか?」

「もし、貰い手が誰もいなかったら、そのブリーダーが飼うのですか?」

 

私はその時、純粋にわいた疑問を率直に聞いただけだ。

けれどもそれはペット業界に隠された、不都合な真実のひとつであった。

そして私は今もまだ、その答えを知らない。