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文芸メイン、その他もろもろ

添削に思うこと

 

以前、金井告(id:karigari)さんのブログにコメントをした時に

「こういう話を皆読みたいと思うから。記事にしたら?」と言われ、いつかは書こうと思っていました。

フクロウさん、お元気なのかなと気にしていたら、この間呟いていたからお元気なのでしょう。

 

 

「添削された歌」

 

10月、地方紙の文芸欄に初掲載された、私の短歌。

身バレ防止のため歌は明記出来ませんが…ちょこっと添削されておりました。

下書きには「立ちて」とあります。清書の段階で私が「立てば」に急遽変えたのかな?

いや、それはないだろう。曖昧な記憶。

添削が入ったのでしょう。

「立ちて」から「立てば」へ。

このほんの僅かな添削で、歌は確かに次の場面へと広がりを見せるのです。

添削凄い。

選者リスペクトです。

選んでくれて本当にありがとうございます。

 

 

 

「忘れられない思い出」

 

入学後に知ったのですが、私の入った高校は前年度までとても荒れていました。

先生方は何とか生徒達を良い方向に指導しようと、いろいろな手を打ったようです。

特に国語教師は、感想文や作文等をいろんなコンクールに応募して団体賞を得るなどしました。

どうにかしてこの札付き学校のイメージアップを図りたかったのだと思います。

高1の時、俳句をつくる宿題が出ました。

その俳句も、高1時代だかコースだったかそんな名前の学習雑誌に国語教師は投稿したのです。

そして、私の俳句が佳作に入りました。

平凡でつまらない、光るところのない俳句でした。

その時の、特選に入った人の句を今も覚えているのです。

ここに揚げる訳にはいきませんが

下の句に添削が入っての特選でした。

オリジナルは「風に吹かれけり」でしたが

添削後は「風の生(あ)れにけり」となっていました。

 

 

…まるで別物じゃありませんか?

 

16歳の私は、添削の入ったこの句よりも、手を加えないままの私の句の方が上なのではないかと思いつつ、自分の句が特選に値しない事も自覚しておりました。

そして次こそ上の賞を目指そうとも思えず、それっきり俳句をつくる事はありませんでした。

 

他にも、中学の時の自分の詩を同級生に手直しされた事や

高校の読書感想文で、上位入賞を狙おうとする教師に何時間も拘束されて書き直しさせられたり…

 

添削って、あまり良いイメージがなかったのですが…

 

 

それでも、ほんのちょっと視点を変えたり言葉を選んだりするだけで

しっくりとこなかった31文字が見違えるように変わったり

奥行きが出たり、広がりを見せたりする。

そんな添削を受けられたらいいなと、最近は思います。

発表するだけでは、自己満足で終わるから。

今回の短歌掲載は、あの時の俳句と同様にビギナーズラックだと思っています。

そうならないようにこれからも果敢に挑戦したいけれども、茨の道に違いありません。

 

誰かが、自分だったらこう詠むよ?とか

この言い回し、おかしいよと言ってくれたなら

今までの私なら、自分流ですからと聞かなかったかも知れないけれど

これからはちゃんと耳を傾けていきたいと思うのです。