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映画「あん」を観てきた母と私の物語③

盛岡に着いた私は、乗り換えの時間まで駅付近をぶらつく事にした。

宮沢賢治がモーリオと呼んだ、盛岡の街並みが大好きなのである。

地方都市はどこに行っても同じような景色だけれども、盛岡だけは特別だと思う。私にはいつでもキラキラと輝いて見えるのだ。

 

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本当は、中津川沿いを歩きながら野の花等の写真を撮りたかったけれど、列車に乗り遅れそうになり慌てた。

列車と言っても、たった2両ぽっちの小さなものである。

いつもは1時間おきに運行する急行バスで帰省した。けれども今回はJRの乗り放題切符だから使わなければ勿体無い。

無事に列車に乗り、座席に座って一安心する。盛岡の街並みの風景が、あっという間に山林の中に変わった。

到着までスマホでネットでもしようと思ったら、電波が届かなくなった。

列車は山々の隙間を縫うように走り、20以上のトンネルをくぐるのだから当然であった。

9月だというのに真夏のような強い陽射しが眩しくて、外も眺めていられない。

列車はカーブの度に大きく揺れた。しっかり押さえていないと私のキャリーバッグが転がってゆく。

何故だかひっきりなしに警笛を鳴らすので、その甲高い音にびっくりした。うたた寝する事も出来なかった。

やっぱり、バスにすればよかったな…

帰省中の予定は立てたものの、友人と会う事と宿泊先以外はどうなるかわからない、成り行き任せのこの旅をどうしよう。

そんな事を考えながら、私は到着までぼんやりと過ごした。

 

16時頃に、生まれ育った町の駅に着いた。

駅舎とその周辺は、去年見た時とは何かが変わっているのだけれど、それが何なのか解らない。

震災の後に多くの店が建て替えをし、新しい施設も増えた。

昔の面影がまるでない駅前に立ち、私は見知らぬ土地に来たような気持ちだった。

友人との待ち合わせ時刻は18時。実家に立ち寄ってからホテルにチェックインしても、十分間に合うだろう。

私は、キャリーバッグをゴロゴロと引き摺りながら実家に向かった。

母には「帰って来るのは今日だけれど、家に行くのは明日の朝」と伝えてあった。更に

「実家には寝泊まりしないから、部屋の掃除をしなくていい。ご飯の準備も一切いらない。」

と言って、母を嘆かせたのはいつもの事だ。

 

家に入ると、母は驚いた顔で私に聞いた。

「なにで来たや?」

「キシャで来た。」

キシャというのは多分方言である。キシャと言わずに電車だとか列車とか言うと

「キシャの事だーべ?なーに気取ってんのや」と、学校では何故か苛められた。

「何時に着いたのや?」

「4時ちょっと前かな。」

「おめさんが来る頃だと思って3時と4時の2回、駅前のバス停まで行ってみたどもいなかったーがな。」

「バスじゃなく、キシャだからね。バスで帰るなんて、私一言も言っていないよね?」

私も駅に着いた時に、辺りを見回したが母はいなかった。迎えに来なくていいからと、何回念を押しても来る母なのだ。

だから何時に着くと言わないでおいたのに、それでも駅前をウロウロしていたとは…

私は帰省すると必ず食べるケーキを買いに、駅前の洋菓子店に入ってしまった。そのせいですれ違い、私と母は出会わなかったのだろう。

ケーキはお気に入りの2種類を1個づつ買っていた。母に「食べる?」と聞くと、後で食べると言うのでそれぞれを半分づつに切り、私は急いでそのケーキを食べた。

「これからJとKと、飲みに行くからね。明日の朝にまた来るから。」

「飲みにって、お酒を飲むのか?」

「そりゃ1杯くらいはね。」

「どこの店で飲むのや?」

「言っても解んないでしょ?」

「解んないけど、教えてよ。ついて行かないから。」

「ついて来そうだわ。」

「着替えは?何着て行くのや?」

「このままだよ。」

「化粧は?しないのか?」

「…もうしてるよ。」

「おらぁまぁ…髪ぐらい梳かしてったら?」

「歩いたらどうせまたボサボサになるよ。」

「あんまり飲み過ぎるな。」

「1杯だけって言ったでしょ。」

「今夜どこさ泊まんのや?」

「教えねぇが!」

 

JとKは、中学時代の友人であった。クラスも部活も違っていたが、3人でリレー小説を書いていた仲だ。

その小説は同級生達に人気があって、皆がノートを順番に借りて読んでいた。私達は何冊ものノートに、3人ともまだ経験した事のない恋愛物語を書き連ねた。

あのノートの山は、一体何処にいってしまったのか?

そう思うと皆で総毛立ってしまうのだった。

私はJとKに、母が2回も駅まで迎えに来た事から、家でのやりとりまでを全て話した。

ふたりは母を知っているので、ゲラゲラと大笑いした。そして

「お母さんは、タンポポが帰って来るのをよっぽど楽しみにしていたんだよ。もっと優しくしてあげなきゃダメじゃない。」と、私を責めた。

やれやれ。夫と娘と犬の足枷を外してやっと来たというのに、こちらには母がいる。

大体、家にいた頃には私がどこで何をしていようが全く気にも留めていなかったくせに。

私はビールを1杯だけ飲んだ。それで十分酔っ払うのだ。

私に気兼ねしないで、沢山飲んで頂戴と言ったのだが、ふたりとも去年よりお酒が進まなかった。

年老いた親の話、自分達の健康の話、老後だの介護だのとしんみりする話が続き、誰もが涙を堪えるのが大変だったからだ。

別れ際に「お母さんのお相手、ちゃんとしなさいよ!」と口々に言われた。

「解った解った。」と答え、私はひとりホテルの部屋に戻った。